「半導体」と聞いて、皆さんは、パソコンや携帯電話などの中に入っている電子部品を思い浮かべるでしょう。この「半導体」という言葉は、電気を通す「導体」と電気を通さない「不導体」の中間の性質を持つ物質のことを指します。
世の中には、さまざまな種類の半導体がありますが、なかには一種の元素でその性質を示す物質(ゲルマニウム、シリコンなど)も存在します。この半導体元素に注目する……のではなく、同じ元素でも「中性子」の数の違いによってさらに細かく分類した“同位体”(※)に着目する研究で、世界的に注目を集める研究室が矢上キャンパスにあります。それが伊藤公平研究室です。
(※)同位体とは
私たちのいる世界は、水素、ヘリウム、リチウムなど、約90種類の元素からできています。一つの元素をよく見てみると、「原子核」と「電子」からなり、その原子核は「陽子」と「中性子」からできています。 水素原子は陽子が一つ、ヘリウムは陽子が二つ…と、元素の違いはその原子を構成する「陽子」の数の違いで説明されるのですが、なかには同じ元素のなかでも中性子の数が違うものが存在することがわかっています。もちろん陽子の数は同じですから、同じ一つの元素なのに、中性子が多いものはそれだけ重くなります。同じ元素なのに重さが違うもの、これを「同位体(isotope)」と呼びます。 先に出てきた半導体元素にも、この同位体はあります。例えば、ゲルマニウム(元素記号:Ge)だと質量数(陽子の数+中性子の数)が70、72、73、74、76という五種の同位体が、シリコン(元素記号:Si)では質量数が28、29、30という三種が自然界に一定の割合で存在しています。
伊藤教授の研究生活は、ゲルマニウム(元素記号:Ge)同位体の研究から始まりました。大学院時代に所属していた研究室では当時、天文物理観測用の温度計(ボロメーター)センサー開発のために、半導体元素のゲルマニウムの物理特性を研究していました。
ちょうどこの頃、時代は冷戦崩壊を迎えます。同位体を分離する技術は「ウラン凝縮」と呼ぶ核兵器製造に必要な技術でもあり、冷戦当時に旧ソ連の核軍事施設にいた技術スタッフが冷戦終結によって他国に流出することになると大変です。そこで、スタッフがその場に留まり平和的な職に就くことのできる方法として、西側諸国による公的研究支援機関が設立されることになりました。このような時代背景もあって伊藤教授は、平和利用を目的として、放射性もなく安全で、同位体別となったゲルマニウムを手に入れることができるようになり、元素レベルではなく“同位体レベル”での物性の違いについて研究を進めるようになります。
「この『半導体同位体工学』という言葉は、私たちが作ったんですよ」と伊藤教授は話します。
1998年には調達した資金を元にシリコンの同位体を手に入れ、結晶成長の実験を開始します。
「古典コンピュータの心臓部はシリコン半導体です。よって、ゲルマニウムよりも産業的な広がりもあり汎用性が高かったことから、シリコン同位体の研究を進めていくことにしました。まずは綺麗なシリコン結晶を作るところから始まり、熱の流れや磁性、電気特性…とあらゆる物性の違いについて論文にしていきましたね」。
こうして得た、シリコン同位体についての幅広く深い知見が、後の応用へとつながる基盤になっていきました。