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2024年3月26日
慶應義塾長 伊藤 公平
本日、博士号または修士号を取得される皆さん、おめでとうございます。皆さんは、日頃から積み重ねた学習と研究の成果により今日という日を迎えられました。この活動を支えたご家族や保証人の皆様にも心からのお祝いを申し上げます。
今、日本における18歳人口の4年制の大学への進学率は57%を超えています。世界的に見ても、日本の4年制大学への進学率57%はとても高い水準です。さらに短大や専門学校を加えると、実に84%の高校卒業者が大学・短大・専門学校という高等教育に進学します。日本においては大学を中心とした高等教育が十分に行き渡っていると言えます。
一方、大学院への進学状況はどうでしょう?日本における30歳未満の修士課程への進学率はわずか7.4%、OECD平均20.4%の1/3、30歳未満の博士課程への進学率は0.7%、OECD平均1.5%の半分で、トップのスイス3.8%の1/5未満と、極めて低いです。この低さは何を意味するでしょうか?日本の社会は修士号や博士号を評価しないのでしょうか?修士課程や博士課程に進む人は特殊な存在なのでしょうか?慶應義塾は決してそのようには考えていません。
私が生まれた60年ほど前の1960年代、日本における4年制の大学進学率は20%程度でした。高卒の5人に1人しか大学に進学しなかったので、大学が実に特別な存在でした。しかし60年が経つと進学率が3倍の57%となりました。日本社会の成熟とともに、大学という存在が憧れから目標となり、社会全体としても、大学での学びに、義務教育の自然な延長としての意義を見出してきました。大学は特別な存在ではなく、日常の存在となったのです。そうなると、次なる特別な存在、特別な高等教育とは何か?その答えは皆さんのご存知のとおり「大学院」となるわけです。
実際に、本日、学位を取得される皆さんは、大学院での研究や学びが一生の宝になることを、誰よりもよくご存知です。
まず、皆さんは誰よりも好奇心豊かで、好きなことに没頭できる力を有しています。好奇心こそが社会を発展させるための原動力です。好奇心によって自分の専門の徹底的な深掘りや、他の様々な分野や社会問題への興味が湧き上がります。好奇心があってこそ、いろいろな人々に興味をもち、幅広い交流が実現します。好奇心がなければアイデアも疑問も湧きません。講演会等で良い質問ができる人は、必ずといっていいほど好奇心の強い人であり、好奇心によって様々な学びを重ねた結果として、幅広い知識と高い論理性を発揮します。好奇心が強い人は、他人の好奇心をくすぐる術(すべ)を知っています。相手の好奇心に合わせて話ができるので面白く、説得力に満ち溢れています。文章も上手です。読者の立場になって文章を構築できるので、読み手を唸らせます。好奇心は積極的な人生をもたらしてくれます。受動的ではなく能動的に物事に取り組めるようになります。本日、学位を取得される皆さんは、まさに自分の好奇心に磨きをかけ、博士課程あるいは修士課程という、4年制大学のさらに上に位置する高等教育の修了者であります。問題の本質を自ら突き止め解決に導く力に優れ、どんな挑戦を与えられても、その挑戦を遂行するために必要な「学び」の能力に優れています。真の高等教育の修了者であるわけです。
私達慶應義塾教職員は、皆さんの慶應義塾での経験が、皆さんの人生における「好循環のスタート」になることを信じています。皆さんは、慶應義塾において最高の教員とともに学び、研究に励んできました。慶應義塾の研究レベルの高さは、皆さんが社会に出てから特に実感することだと思います。皆さんは、これから世界最高の頭脳に囲まれながら研究や事業に取り組むことになります。そのとき、自分の実力が全く見劣りしないことに驚き、大いに自信を深めることでしょう。そして世界レベルでの重要な役割を、ごく自然の流れとして担っていくことになります。慶應義塾の目的どおり、皆さんの一人ひとりが全社会の先導者として発展されるということです。先導者同士は相乗効果によってお互いを高めます。慶應義塾の卒業生ネットワークが強固なのはまさにこの相乗効果によるものです。これからは慶應義塾の卒業生ネットワークである「三田会」をフルに活用され、他大学からの学位取得者、世界中の人々ともつながり、これからの世界をより豊かに、平和に、生きがいのあるものに発展させていってください。母校、慶應義塾ともつながり続けてください。卒業後も慶應義塾のWebサイトやSNSなどから、最新のニュースを得ながら母校の発展を支えてください。
母校慶應義塾と一生つながり続けることに加えて、もう一つ私からお願いがあります。慶應義塾のホームページでは「塾長室だより」という私の文章を読んでいただくことができます。その最新の投稿「塾長室だよりNo.21」では、「大学と日本の危機-再考」と題した文章を掲示しています。これを読んでください。この文章は次のように始まります。
「イソップ童話の『ウサギとカメ』では、本来はウサギが速いのだが、油断や昼寝をしてしまい、結果的に地道に着実に休まずに進んだカメに負ける。ここで私たちは『カメのように真面目に進めばよいことがある』と教えられた。ところがものは捉え方である。米ディズニーのアニメでも同様に『ウサギとカメ』の話を取り上げ、それを観た米国の子供たちは『このウサギのように怠けると、本来負けるはずのないカメに負ける』と教えられたという。結局、米国人はウサギ、日本人はカメと自分のことを見ているようだ。」
ここから、ウサギ型とカメ型を比較しながら、実際に大学と日本に危機が存在するのか?存在するとすればその実体は何か?について私の考察が展開されます。慶應義塾から学位を取得される皆さんに向けた様々なメッセージも埋め込んでありますので「塾長室だよりNo.21」を一読いただくことを皆さんの学位取得の条件とすることをお伝えして、私の式辞を終わります。皆さんが世界の舞台で、学会と社会の発展に寄与されることを願っていますし、実際にそのようになることを信じています。学位取得おめでとうございます。
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